そのS君は、特にいじめに遭った訳でもなく、ある日突然髪を茶色に染めたり、耳にピアスをつけたりして、生活指導の先生に厳重注意されるようになりました。高校に進学して外進生(高校から入学する生徒達)が加わり、成績別のクラス編成になるなど、環境変化に馴染めなかったのかも知れません。S君の両親が離婚した、という噂も聞きました。実はこれが一番大きな要因だったのかも知れません。
ある日トムが珍しく深刻な顔でポツリと言いました。
「Sが学校辞めるかもしれん」
トムの親しい友人仲間ではなかったようですが、S君の事を気にしている様子でした。服装も素行も荒れだして、先生に注意を受けるS君の姿に、かつての自分の姿を重ねていたのかも知れません。
ある時、トムの財布を見ると、所持金がほぼゼロの日が続きました。財布にお金を入れておくとあるだけ使ってしまう金銭感覚を是正しようとして、トムの財布には常に500円玉しか入れないようにしていた時期です。
私: 「毎日お金使ってるみたいだけど、何に使ってるの?ゲーム?マック?ノートとか買うならちゃんとお金渡すけど」
トム:「…ううん、いい。」
私: 「何につかってんの?😡」
トム: 「・・・・・Sと、ラーメン。」
私: 「は? ・・・S君て、最近、問題児の?」
トム: 「べつに問題児じゃないよ、誰にも迷惑かけてないし。」
私: 「S君と二人で放課後にラーメン食べてるの?」
トム: 「うん。寿がきやで。俺がおごってやってるの」
私は思わず笑ってしまいました。確かに少ない所持金でも「寿がきや」のラーメンなら二人分くらいならペイできます。愛知の庶民にとって、寿がきやのラーメンはソウルフードなのでした。
私: 「で、あんた、S君とどんな話してるの?」
トム: 「特に話とかしてない。ゲームの話とか。」
私: 「ただバカ話しながら、S君と二人で寿がきやでラーメン食べてるの?」
トム: 「まあね。でも今日あいつに、頑張れよって言っといた。」
私: 「…じゃあS君、本当に学校やめるの?」
トム: 「多分ね。あいつ、ありがとなって言って、ちょい涙ぐんでた」
中学から一緒に過ごしてきた仲間は、兄弟のようなものなのでしょう。それほど親しくなくても、いざ仲間が居なくなるというのは、トムにとっては放っておけない事だったのでしょう。実際はトムはS君とどんな話をしたのか分かりません。トムが言うように、ただ一緒にバカ話をしながらラーメンをすすっただけなのかもしれません。男子はまだまだ言葉が上手く出なくて感情表現が稚拙です。放課後にただ一緒にいて、お腹がすいたから温かいラーメンを一緒に食べる、という事が、トムにできる精一杯の励ましだったのでしょう。
その気持ちはS君に十分伝わったのではと思います。
その後、まもなくS君は退学していきました。その後の事は一切分かりませんでしたが、おそらく専門学校か就職の道を選んだのだと思います。トムがS君とこの先再会する事があればきっと、一緒に食べた寿がきやのラーメンの味を話題にするのだろうなと思います。
・・・男の子の友情って、深いなぁ~と感じたのでした。