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9. 東大生の高校時代

東大生の高校時代(12)~東大受験(3)~

東大二次の受験の前夜は2日間とも、「東京ドームホテル」内のレストランでトムと二人で夕食を取りました。ブッフェ形式のレストランで、豪華な和洋中のメニューが、広大なフロアに所狭しと並べられていました。東大受験のために宿泊している親子の姿があちこちに見えました。中には独りで食事をしている男子や女子も居て、私は、

「東大受験に、親が付いてこない子もいるんだぁ、可哀そうに。」

などと意外に思ったのを憶えています。全国各地から一人で上京して、一人で受験に挑むのです。今振り返ると、おそらくこれが「正しい大学受験」の在り方なのだと思いました。というのも、大学受験、こと東大受験においては、精神的にも学力的にも既に親の出る幕はなく、子供自身が自分で自分の恐怖心を克服し、平常心を取り戻して、存分に実力を発揮できるよう集中する「独りの時間」「瞑想の時間」が必要だったのです。親は完全なる黒子に、最後まで徹するべきだったと後で反省しました。

東大の受験会場は、吐き気をもよおすほどの緊張感に包まれていました。周囲の受験生が皆、灘や開成高校の出身者に見えました。実際に同じ高校の生徒同士が、「よお」などと東大正門の前であいさつを交わす場面も目撃しました。地方の無名高校からたった一人で勝負に挑むトムの心境たるや、想像するだに身がすくむ思いです。しかし、それをものともしないマインドセットが必要不可欠でした。ここまでくると既に学力差ではなく、マインド&メンタルの強さだけが合否を分ける鍵なのでした。

トムは一日目も二日目も、緊張のためかあまり食欲はなく、言葉数も少なく、食事も「あっさりしたものでいい」と言いました。

しかしチェックイン時にホテルからブッフェ・レストランの割引券を貰っていたこともあり、私は「好きなものを好きな量だけ選べるから」と両日ともそのレストランを選びました。今思えば、本番を翌日に控えた受験生にとって、食事などどうでもいい事です。ましてブッフェ形式となると、自分で料理を取りにいくのが面倒なうえに、他の受験生の姿も視界に入るため落ち着かなかった事でしょう。試験に関連しない余計なアクティビティはさせず、少しでも早く一人にしてあげれば良かったと、後から反省しました。トムはサラダと少しのパスタを取ってきて食べると、10分くらいでさっさとホテルの部屋へ引き上げてしまいました。私は一人取り残されたものの、意地汚くも最後まで料理を食べました。…どこか観光気分があったのかもしれません、アホな母親でした。

更に言えば、ホテルの部屋も一部屋しかとりませんでした。中学受験の時に、受験のためのホテルは母子で同じ部屋に泊まった事もあり、別々に泊まるという発想がありませんでした。しかしこれではトムは一人の時間が確保できず、翌日の試験に備えた最後の勉強の見直しや、精神統一のための時間が確保できなかった事でしょう。黒子に徹するには配慮が無さ過ぎました。お金はかかりますが、翌年には親と子で別々に部屋をとりました。

東大二次・二日目 

二日目も同じくタクシーで本郷キャンパスまで移動しました。ホテルのエントランスでは、マイクロバスを待つ大勢のライバル達が並んでいました。今思えば、既にここから合否を分ける「壁」ができていたのだと思います。東大の試験会場に、母子でタクシーなどで乗り付けてはならないのです。※禁止されている訳ではありません。メンタルの問題です。ママと一緒にタクシーで試験会場に来てしまう受験生が、東大に合格できる筈はありません。もしできたとしても「東大までの人」の典型例であり、その後は燃え尽き症候群に陥ってしまうように思います。一人で地下鉄で移動するか、2日前にホテルにチェックインしてマイクロバスの予約をすべきでした。翌年には、ホテルは前泊ではなく前々泊(2日前)にしてホテルのマイクロバスを予約をし、トムは大勢の受験生の群れの一員となって受験会場に向かいました。帰りは地下鉄でホテルに戻りました。大学受験においては、親の干渉や世話焼きは、子供の闘争心や集中力を奪う弊害でしかないのです。 

二日目の試験内容は、理科(物理・化学)が9:30~12:00(2時間半)と、外国語(英語)が14:00~16:00(2時間)でした。物理と英語もトムの得意科目です。なんとか数学の失敗を挽回してくれないかなぁと祈る気持ちで、またドトールで終日を過ごしました。試験終了後の16時過ぎ、本郷キャンパス前の本郷通りの細い歩道は、本郷三丁目交差点方面へ向かう受験生の波で両側ともあふれかえりました。トムと同じような背格好のリュック&メガネ姿の男子達が、2列になって延々と歩いていきます。その途切れる事のない人波は、15~20分ほど続きました。数千人の受験生が一斉に隊列を組んで歩いている様子は、ひたすら圧巻でした。本郷通りに面したドトールに居た私は、外に出ようにもその列が途切れる事がないので、しばらくは店内で呆然と東大受験生の波を見送りました。定員に対し約3倍の人数が受験するので、本郷キャンパス(理科Ⅰ~Ⅲ類)だけで5000人近くに上るのでしょうか。このうち合格をつかみ取るのは1/3です。

携帯で連絡して待ち合わせの場所を決め、トムと落ち合いました。トムは周囲に受験生が大勢いることもあってか、 

「まぁ、英語と物理は8割はいけたかな」

などと強気の発言をしていましたが、私には返って痛々しく感じました。私に心配させまいとして強気な態度でいるようにも思えました。その日はそのまま新幹線で名古屋へ戻りました。帰途の新幹線の中で、各予備校が東大二次試験の解答を早速発表しており、それをスマホで確認しながらトムの顔色がどんどん曇っていくのが分かりました。 

「お疲れさん。まぁ実力を出し切ったんだから、悔いはないよね。よく頑張った!」

私は空元気を出してトムの健闘を称えました。内心、合格は五分五分か、かなり危ういという感触を持ちつつも、そう言って励ますのがやっとでした。

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