9. 東大生の高校時代

東大生の高校時代(2)~「お前は東大へ行け」~

中3から高校2年まで「スマホ廃人」と化した息子トム。廃人状態からなんとか生還し、高2の秋から徐々に勉強に本腰を入れ始めました。遅すぎる巻き返しだと私は焦りましたが、トムの通う高校では秋には修学旅行(沖縄)や、文化祭などが目白押しで、まだまだ大学受験への意識の濃淡には個人差があるようにも思いました

トムは、第一志望を東京工業大学工学部に定めました。それを友達に話すと、思い切り笑われたようです。

「お前の成績で行けるはずないやろ😏」

高2の11月に受けた全国模試では、東工大は当然ながらE判定でした。東大生の高2時代は、こんな状態だったのです。スマホ廃人で部活もサボった挙句に辞めてしまい、友人達には相当な「ポンコツ」に見えていたに違いありません。しかしトムはその嘲笑をバネに?勉強に打ち込むようになりました。まだまだ勉強時間にムラはありましたが、得意の数学を更に伸ばすと同時に、好きな英語・物理にも相当な情熱を傾けて基礎~応用問題を何度も消化するようになりました。

すると、翌年1月の全国模試で、

東工大にA判定が出ました😳

高校生男子の学力の瞬発力とは、凄まじいものだとこの時実感しました。そしてトムの、ジェットコースターのような成績の変動に、私の認識がついていけませんでした。ちなみに当時の学校の成績表は総合で中の上程度。高校卒業時の内申点の平均は確か3.4でした。難関国立大の一般入試においては、学校の成績や内申点は全く何の参考にもならないのでした。東工大は受験科目に国語や社会などの文系科目が含まれていない事もあり、判定はかなり優位に出たのだと思います。

これに目を付けた担任の熱血数学教師が、この頃からトムに囁き始めたのです。 

「トム、お前は東大に行け。」   

めぼしい生徒達には全員、声をかけていたのだと思われます。 

トムは当初、

「は?何言ってんの、この人😅」

と思ったそうです。 

しかし東工大のA判定で自信をつけたトムは、しつこくお前は東大へ行け」とたたみかけてくる先生の言葉に、次第に洗脳されていくのでした。トムの話を聞いていると、まさに「ドラゴン桜」の桜木先生を想起しました。私はAmazonで「ドラゴン桜」の漫画全21巻を大人買いして一気に読みました。地方都市の無名高校から東大を目指す、という事がどういう事か、多少なりとも理解したかったためです。

漫画は多少のエンタメ的飛躍もありますが、東大合格は単に学力のみならず、戦略的な得点の要素も多分にある事は理解しました。実際に東大の二次試験ではセンター試験の得点(リスニングを除く900点満点)は5分の1に圧縮され(110点満点)、国語(80点満点)を含めて4教科あるものの、数学・英語・理科(各120点満点)に強い生徒が圧倒的に有利である事を知りました。東大受験に限らず大学受験全般において、大学側が求める生徒の能力を理解し、その大学に合わせた戦略的な得点方法を体得していく事が非常に有効である、という発想が、私には非常に新鮮でした。

「ドラゴン桜」では、当時は東大二次の合格最低点が最も低く合格者数が最も多い(1100人)理科Ⅰ類を目指すよう生徒達を煽るのですが、近年では理Ⅰ(工学部)の人気が上昇し、合格最低点も理Ⅱ(理学部)を抜いて上昇しています。合格最低点などではなく純粋に工学部人気によるものかとは思いますが、トムは次第に東大理Ⅰを意識するようになったのでした。 

この後、明確に東大を目指すようになるまでには、M君という良きライバルの存在が必要不可欠なのでした。

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